【第80回】歯科矯正の保険診療をとりまく外部要因

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【それは見た目の問題でしょ、と応える行政】

 子育て世帯の親御さんの立場から、健康保険で歯並びを治してほしいと考えているNPOアマポーラオーソです。前回報告のように、外科手術を伴わないと保険適用になりません。手術の必要は無いが、極端な乱ぐい歯や出っ歯にも保険適用していただきたい、との思いで活動しています。

 保険適用枠の拡大について、国の出先機関の方とお話させていただいたことがありますが、「それは見た目の問題だから・・」とのお返事でした。厚労省本局の返答ではありませんが、残念です。

 多くの歯科矯正医が機会あるごとに述べているように、歯並びは見た目だけの問題ではなく、①食べ物を咀嚼(そしゃく)して健康な身体をつくる。②正しい発音で会話する。③ムシ歯と歯周病を防止して健康寿命を全うする。などの、副次効果があります。

 ともすれば、美容整形と同義に解される歯科矯正ですが、世界の認識は違います。そう言えば、霞ヶ関に勤務されている皆さんの歯並びが悪いことに気がつきます。世界とわたり合って、日本の国益を主張しなければならない皆さんの歯並びは良くあってほしい。

【保険診療に前向きになれない、もうひとつの理由】

 昨年度の国民医療費は41兆5000億円で、前年度に比べ 1兆5000億円の増加、伸び率は3.8%でした。医療技術の高度化と高額な新薬の採用が原因とのことです。GDPや給与が伸び悩むなか、医療費だけが突出して伸びることには大きな危機感があります。

 レセプト(診療報酬明細書)の請求に応じて医療費を支払う側には、できるだけ支払い総額を抑えたいというインセンティブが働いています。保険医はカルテと「診療報酬点数表」にもとづいて、費用を請求します。その請求が適正に行なわれているのかを、行政(この場合は社会保険庁の指導医療官)がチェックし、請求内容に疑義があれば指導・監査を行います。これを嫌がる歯科医師が多いのです。

 請求額が多くなると、他の医院より目立ってしまい、集団指導の呼び出しを受けることとなります。次に、個別指導・監査に至れば、不正請求の疑いありというような捜査の一面もあります。税務署の査察をイメージすると理解しやすいかもしれません。

 一般歯科と同列に論じられてしまいかねない、歯科矯正の保険医療の難しさがあります。写真は「歯科医院のためのTHE 指導・監査」日本歯科新聞社より

【矯正歯科の保険診療マニュアルから見えるもの】

 写真のマニュアルが発刊されたのが2007年で、今から10年ほど前のことです。その頃から、また、それ以前にも、歯科矯正の保険診療をとりまく状況には変化がありません。厚労省のウェブサイトでも、歯科矯正に関する報道や事務通達はまったく見られません。

 保険診療ができる自立支援医療機関(保険が効く矯正歯科医院)になるのは大変です。申請書類は山ほどあり、レセプトによる費用請求はとても複雑です。それでも、保険診療を希望するごく一部の患者さんのために、という思いからチャレンジされているのでしょう。

 保険で治療できるのは、顎骨切断手術をともなう顎変形症(受け口・出っ歯・顎のゆがみなど)と、口唇口蓋裂のみです。従って、大学病院などの口腔外科との連携がかかせません。開業医としてはハードルが高い割に、メリットが少ないように感じます。

 医療人として、極めて少数の患者さんのためとはいえ、保険診療の火を絶やさず、灯し続けてきたのだと思います。今ここで、保険診療枠の拡大をはかることが、子育て世帯の多くの患者さんの為になり、関係者のご努力に報いることになると思うのですが、いかがでしょうか。

【その前に、一般歯科をマクロで見てみよう】

 公的保険と自費診療が並立するイギリスと日本ですが、いずれも財政上の問題を抱えています。100%自由診療だったアメリカは、公的な医療助成を求めてオバマケアを導入しましたが、前途多難なようです。

英国の場合:人口は6500万人に対して歯科医師数は4万人

  人口10万人あたりの歯科医師数は62人です。

  年間歯科医療費は約1兆円で、歯科医師1人あたりの

  医業収入は2500万円です。

日本の場合:人口1億3000万人に対して歯科医師数は95000人

  人口10万人あたりの歯科医師数は73人です。

  歯科医療費は2兆7000億円で、歯科医師1人あたりの

  医業収入は2800万円です。

  歯科医院数は68000件で、1医院あたり1.4人の歯科医師が

  勤務しています。1医院あたりの医業収入は4000万円です。

米国の場合:人口3億2000万人に対して歯科医師数は20万人

  人口10万人あたりの歯科医師数は61人です。

  歯科医療費は12兆円で、歯科医師1人あたりの

  医業収入は6000万円です。

①英国の問題は、公的なNHS保険医を辞退する歯科医師が多いということです。保険医を辞退し自由診療に切り替える。結果として、歯科医療費の高騰につながっています。

②日本の問題は、歯科医師の需給バランスでしょうか。高齢者医療と国の財政問題が際立っています。

③米国の問題は、オバマケアの変質でしょうか。理想と現実はなかなかひとつにならない。

【歯科医院がコンビニの数より多いって本当ですか?】

 ずっと昔は、今ほどに歯医者さんが多くなく、食生活の急激な変化によってムシ歯が爆発的に増え、社会問題となりました。歯磨きなどの口腔衛生指導が追いつかず、10分の歯科治療に3時間も待たされた、と親の世代は言っています。

 歯科医師を増やすことが国の喫緊の課題となり、全国に歯科大学が新設されました。今では、毎年2500名の歯科医師が誕生しています。2012年には歯科医師数が10万人を越えたと言われています。日本の歯科医師は多過ぎるのでしょうか? 前回のマクロの数字を見ると、日本は人口10万人あたり73人の歯科医師数です。イギリスは62人、アメリカは61人です。やはり、日本は2割ほど多い。

 少子化に加え、今どきの子供たちはムシ歯が少なくなっています。矯正治療を受けるお子さんも確実に増えてきました。予防歯科が定着し、口腔衛生の教育も深化し、歯科診療の総額は横ばいから減少に転じています。保険診療のみで安定した医院経営をおこなう条件は、人口10万人に対して、歯科医師数50人が適正と考えられています。73 – 50 = 23

さて、23人のデンティストはどのように活路を見出して行くのでしょうか?

【自由診療、保険診療、そしてときどき混合診療】

 一医院あたり、年間4000万円の保険診療による収入があれば、経営は安定しますが、4000万円はあくまで平均値です。下は2000万円から、上は2億円までおおざっぱな開きがあります。医業収入が2000万円を下回る歯医者さんは、1日の患者さんが5〜6人と経営的にも苦しいです。

 経営の安定を図るために、幾分かの自由診療を手がける歯医者さんが増えています。「保険が効かない」治療が自由診療(正しくは保険外診療という)です。これには、セラミック冠やインプラント治療、そして矯正治療も含まれます。

 一般的な歯科医院での自由診療は、医業収入の5〜10%ほどですが、保険診療と自由診療の比率を、できれば50:50にしたいというのが本音です。そのために、インプラントや矯正の専門医を非常勤で自院に招いています。ワンストップで、患者さんの希望に沿うことができるようになるためです。

 混合診療とは、保険診療と自由診療をミックスしたものですが、料金請求が明確にならないとして、厚労省は否定的です。ですが、患者さんにとってのメリットもあるため、今次の規制改革会議でも取り上げられていますね。

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