私がオーソトロピクスにインスパイアされた訳とは? パート1
第15回の医療従事者向け矯正動画は、【私がオーソトロピクスにインスパイアされた訳とは?】というタイトルで、前半5分間のパート1では、ジョン・ミュー先生の生い立ちと、先生が機能的矯正法に出会うまでを物語っています。歯科矯正会のレジェンド、ジョン・ミュー教授の言葉に耳を傾けてみましょう。
誰もが人生で少しの幸運が必要ですね?私の場合は
早い段階で、何人かの偉大な人達の影響を受けました
第一に、私の父であるゴードン・ミューです
父は矯正歯科医であり、素晴らしい思想家でもありました
父の影響で、以下の理由を知りたくなりました
上手くいかない症例がある一方で、なぜ
稀な状況でも上手くいく症例があるのかについてです
父の影響で歯学教育に興味を持ち始めました
私はロンドンのユニバーシティ・カレッジ・ホスピタルに行き
そこで歯科医になるために5年間勉強しました
その期間、歯科矯正学教室は
ウィリー・グロスマン教授によって統括されていました
教授はとても思慮深く、幅広い能力を持つ方でした
教授は外科医でもあり、巧みな施術を何度か見ました
教授の影響で、私は歯科矯正に興味を持ちました
私が20代前半のころに
実際に歯科矯正の装置を使っていました
グロスマン教授はオーストリア出身で
教授はドイツの理論家のもとで次のことを学びました
当時、機能的矯正法と呼ばれていた治療の仕組みです
それらは全て、フィーゴ・アンドリーセンという人から
発想されたものだと思います
彼は1930年代にモノブロックと呼ばれる装置を作り
その装置でオーバージェットが改善できるのを発見しました
オーバージェットとは上顎切歯が下顎切歯に対して、
水平的被蓋が大きい状態のことです
モノブロックと呼ばれるこの装置を用いることで
上の歯が後方に、下の歯が前方に動くことを発見しました
同時に骨が少し変化しましたが、アンドリーセンは
とても素晴らしい結果を達成しました
欧州では、特にドイツとオーストリアの
多くのドクターが彼の真似をし始めました
グロスマン教授は当時、ヒトラーがオーストリアを
併合したとき、イギリスに移住しました
グロスマン教授はユニバーシティカレッジで
歯科矯正学を教え始めました
私はイギリスで学んだ最初の学生の一人でした
それらは機能的矯正装置と呼ばれる見慣れない装置でした
卒業後は歯科矯正に夢中になり
矯正歯科医院を開業しました
また、父の仕事を勉強する機会もありました
父の治療実績を見て、たくさんの知識を得ました
なぜ上手くいく場合と、いかない場合があるかについてです
再び教育を受けているように感じました
これはあれで、あれはそれだということです。
そこで私がはっきりと分かったのは
幅広い多様性があるという単純な結論です
そこで私はグロスマン教授が教えてくれたモノブロックと、
本質的に同じである装置を開発しました
それをバイオブロックと名付け、口腔内でしっかり
固定できないモノブロックとわずかに違いました
私が作ったバイロブロックは歯に固定できます
モノブロックはアクリル樹脂製の大きな断片で
実際に舌の置き場がないので、くり抜きました
分割した左右両側をワイヤーで連結したので
患者さんが舌を口蓋に付けることができます。
この点はとても重要です
その後すぐに、自分の見解を確かめるために
外科的矯正治療をおこなう病院へ行きました
そこでは上顎と下顎の位置を正す外科手術を行います
とても大掛かりな手術で、幸運にも私の課題に関して
世界で最も有意義な教えを受けられる場面にいました
それはイースト・グリンステッドのクイーン・ビクトリア病院でした
そこで何人かのとても有名な外科医の影響を受けました
アーチボールド・マッキンドー医師やテレンス・ワード医師などです