治療後の保定と後戻りについて
【第89回】治療後の保定と後戻りについて
第89回ブログは、保定 (retention:リテンション) についての話題を取り上げています。矯正治療を受けたけど、いつの間にか歯並びがくずれてしまった、とは時々耳にする話です。 後戻り (relapse:リラプス) は、治療を提供するドクターサイドにとっても、とても悩ましい問題です。
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後戻りはどれくらいの割合で起こるのでしょうか? その原因と防ぐ方法は? 残念ながら戻ってしまったときは、どうすれば良いのか? などについて一緒に考えてみましょう。
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写真はボンデッドワイヤーリテーナー (bonded wire retainer) と呼ばれ、矯正治療の終了とともに、後戻りを防ぐために下顎前歯の裏側に取り付けます。接着固定するので取り外すことはできません。通常、2〜3年間付けたままにしておきます。ワイヤー周辺に歯石が溜まりやすいので、定期的に通院してスケーリングをしてもらいましょう。
【後戻りしない矯正が、ベストだと思う】
子供のころに矯正治療を受けたというアラサー女性に、後戻りしてしまってと、顔を曇らせる人が多いのが気になります。矯正治療はドクターによって様々なアプローチがあり、目指すゴールも患者さんの希望に沿えないこともあります。しかし、後戻りは良くない。
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写真は取り外し可能な、ホーレーリテーナー (Hawley Retainer) と言う名前の保定装置です。上顎のみに用いるケースが多いです。下顎は一般的にボンデッドワイヤーリテーナーを用います。就寝時はもちろん、日中も装着してくだいと先生から言われるかもしれません。
【保定の目的は後戻りを防ぐこと、だけではありません】
矯正装置が外れたときの開放感は「やったー!」とばかりに、ツルツルの歯面を舌先で弄ってしまいます。これで治療が終わったと思いきや、長い保定期間の始まりです。
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保定期間は一般的に2〜3年と思いますが、その目的は3つあります。
- 歯肉や歯周組織は、歯の移動による影響を受けていて、これら組織の回復のための時間が必要。
- 動的治療を終えたばかりの歯は、まだ不安定な状態にあり、外力(咬合圧や舌・頬の圧力)によって動いてしまうため。
- 成長発育にともなう変化が、後戻りを誘発する恐れがある。
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後戻りを防ぐのはひとつの目的であって、まだグニャグニャしている歯並びを、しっかり安定した状態に持っていくというのが保定の本来の目的です。写真は取り外し可能な、透明の保定装置(クリアリテーナー)です。日常生活で装着していても目立ちません。この記事は、日本臨床矯正歯科医会のガイドブックを参照しています。
【接着したワイヤーリテーナーは、一生ものと考えよう】
歯の裏側に接着したワイヤーと、取り外せるリテーナーでは、どちらが後戻りを防ぐ効果があるのでしょうか? 結論は、接着したワイヤーリテーナーです。
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ワイヤーリテーナーは下顎の前歯の裏側、左右の犬歯間に取り付けます。他方、取り外しタイプは上顎に用いられることが多いです。
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取り外せるタイプは、そのほとんどが無くすか壊してしまいます。患者さんは後戻りしても、「忘れずに使うんだよ」という先生の忠告を守れなかったので、自責の念にかられてしまいます。
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この点、接着したリテーナーは、外せないので後戻りすることがありません。このリテーナーを用いない場合、10年以内に約半数の患者さんに後戻りが生じたという報告があります。
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接着したワイヤーの周囲には、歯垢や歯石が付きやすいので、定期的に歯科医院でのクリーニングが必要です。また、ご自身でフロスを通すなど、日常的なケアが欠かせません。煩わしいからと、通院している歯科医院で取り外してもらうのは論外です。ワイヤーリテーナーは一生のお付き合いと考えましょう。
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年齢とともに Ni (ニッケル) アレルギーを発症するかもしれないので、チタンワイヤーを選ぶのもポイントです。矯正の先生に相談してみましょう。
【後戻りしない矯正なんて無理、それがホンネらしい】
長期にわたり安定した、後戻りしない矯正治療を目指して、ドクターは日夜研鑽しています。しかし、この問題はドクターにとって最大の悩みとも言えます。いつまで歯並びを保証できるのか。
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後戻りしない矯正なんて無理! それは幻想、理想論だ!と言い切る先生もいます。
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だって、一生その患者さんとお付き合いできるわけではないし。動的治療を終えてブラケットが外れたら、それっきり来なくなる患者さんもいるのだから。
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患者さんの加齢とともに、歯並びが変化していく原因はさまざまです。虫歯や歯周病で歯を失ったり、片側で噛む習慣や、頬舌の圧力の影響だったり、親知らずの萌出によって押されることもあると言う。
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接着したワイヤーリテーナーと、目立たないクリアリテーナーを、一生使い続ける覚悟がなければ、解決できない問題らしい。ドクターは保定の問題について、もっと真剣に考えるべきと指摘する専門家もいる。保定まで見通して、診断・動的治療に取り組むべきと、言い切っている。
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写真は目立たないクリアリテーナー、これならば日中も着けられる。
【100年時代の歯科矯正はどうなるの?】
中高生で歯並びを治しても、10年後には半数の方に後戻りがあるとしたら、100年時代の患者さんにとって、治療の効果はもはや一時的なものと考えられてしまうでしょう。確かに長生きするようになりました。平均寿命は1年で3ヶ月づつ延びています。いま治療を受けた中高生は、平均100歳まで生きることになります。
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せめて、50歳までは、後戻りのない矯正治療であってほしい。
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そのためには、繰り返しになりますが、下顎前歯の裏側に貼り付けたワイヤーリテーナーを、ずっと使い続けなければなりません。定期的なクリーニングとチェックアップを必要とするが、矯正に対する持続的な肯定感につながり、家族や友人へのレフェリング(動機付けや紹介)に結びつくものと思われます。
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また、上顎の可撤式(着脱できる)クリアリテーナーも、必須のアイテムとなることでしょう。最悪、後戻りしてしまった場合、2度目の矯正治療に進むかもしれません。事実、米国ではクリアアライナーによる50歳からの再矯正が増えています。