「矯正医の将来はどうなるのか?」

【第130回ブログ】では、ロバート・アイザックソン先生が亡くなられ、親交のあったシェルダン・ペック先生が、専門誌 Angle Orthodontist に寄稿した追悼論文の要約をご紹介しています。「矯正歯科は何処へ」というタイトルの、その中身が痛いです。シェルダン・ペック先生の寄稿論文(英文)はこちらから。

http://www.angle.org/doi/full/10.2319/0003-3219-88.6.672

「矯正医の将来はどうなるのか?」

シェルダン・ペック先生が唱える「矯正のゆくえ」に関しての懸念

ことの始まり

米国矯正歯科学会の年次会からお知らせメールが来ました。メールには「このイベントは、矯正の最新トレンドを業界のリーダーが話し、国内で最大規模のカジノホテルで行われます」と書かれてありました。

矯正医という専門医は、大学や病院に関連した臨床科学のグループであるにもかかわらず、いつカジノホテルで学会発表のようなイベントを開催するようになったのか、熟年歯科医は不思議に思うことでしょう。

最近の矯正業界

私は最近の矯正業界に失望しています。歯科矯正の重大問題に取り組んでいる真面目なブログには下記のことばかりです。テンポラリー・アンカレッジ・デバイス(TAD)、ミニプレート、加速した矯正システム、セルフライゲーション、取り外し可能なマウスピース治療、歯科用コーンビームCTなど、機器や機械を元にした技術ばかりです。要するに製造業者の販売とマーケティングが中心になっています。

医師のやる気や経験、正確な診断力や観察力は、もはや重要ではないようです。矯正歯科医は非常に優れた頭脳を持っているにもかかわらず、現在、彼らの賢明さは専門医的にどう使われているのでしょうか?

昔の歯科矯正雑誌

数十年前に遡れば、商業的技巧や宣伝文句なしに書かれた文献から、有用な洞察が見つかるかもしれないと思い、1970年代から集めているファイルを探し、回答を見つけ出そうとしました。時代に関わらず利点があるだろうと思った他の人のアイデアを熱心に収集していました。

ここ40年の間に科学的、臨床的利点という概念が劇的に変化し、専門医としての役割である考察力が受け身になりました。その原因は専門医自らそうなったのか、あるいは巧みに操作されて変化したのでしょうか?

かつての矯正専門誌の著者は、大抵1人か2人の有能な専門医が、試験手順や一連の症例結果、賢い洞察力を用いた論文を共有していました。しかし約30年前に変わりました。出版には調査研究が必要になり、科学的研究や個々の症例報告ではない論文は、もはや歓迎されなくなりました。経験豊富な多くの専門医は、何年も慎重に観察しながら発展させたアイデアや概念の論文を書けなくなりました。

変化の理由と結果

この制限で専門医がより賢く高度になったかどうかは不確かですが、歯列矯正研修医制度はこの新規則で利益を得ています。通常、研修医は卒業の必須項目として許可された研究プロジェクトを行わなければいけなくて、なお且つ、専門医雑誌に掲載されるような研究が奨励され要求されるので、経験の浅い専門医が多くの研究論文を書いている可能性が高くなりました。

多くの研修医制度は研究を奨励している同業界から必要な資金を受けています。つまり、真の研究意欲ではなく研修医制度の要件であり、より深く調査が必要な装置重視の研究や、曖昧で信頼性に欠ける結果を示すシステマティック・レビュー、信憑性に欠けるデータばかりの無作為化比較試験です。

解決策

この問題の解決策は、研究発表を研修医制度で必須にするのではなく、選択制にすべきだと思います。学生の研修目的は研究経験を提供することであり、研修生の履歴書のために低レベルの報告書で埋め尽くすべきではありません。

応用科学者

ハーバード大学などの名門校で指導していたマーゴリス先生のアドバイスは、まず情報源が「臨床医」なのか「応用科学者」なのかを区別する必要があります。応用科学者は適切な質問で方法を探り、科学的根拠を持って合理的に結果を出せるため、最良の臨床研究を出せると言いました。

1966年、業界で著名な応用科学者であるホロウィッツ氏とヒクソン氏が、最有用で実用的な臨床矯正の本を書きました。両氏の正論は時代を超えても適応しますが、その大半が忘れられています。

1950年~1970年代の応用科学者

クイン氏は鼻咽頭気道閉塞がどのように成長を歪めて、重度の骨格不一致を引き起こすかを説き、ロビン氏は呼吸気道の障害やアレルゲンによって起こる異常な呼吸様式は、成長中の子供に顎顔面奇形を引き起こすと結論づけました。両者とも、これらの奇形は予防可能だと主張し、説得力のある議論を示すことで、実に新しい研究者にやる気を与えました。

不要な治療

他にも合理的思考の持ち主であるマレー氏は一番良い安定性のために、重症でない不正咬合を治療すべきでないと唱えました。このマレー氏の説に同意したのはディクソン氏で、1970年代に慎重に研究した結果、軽度から中度の不正咬合の人を緊急に治療する必要はないと見出しました。ディクソン氏が長期的に観察してわかったことは、少しのオーバーバイトやオーバージェットで、切歯が軽度に乱杭歯でも、将来ほとんど悪影響を及ぼさないということです。

業界はビジネス重視

矯正が不要で選択制というコンセプトが現代の歯科雑誌に決して書かれないのは、製造業者の装置販売につながらず、サービス業界から好まれないためです。業界と技術者が作り上げたデジタル化と大規模なデータ算出は、手早くできて作業が少なくて済むため、医師だけでなく患者にも好まれて売れ続けています。

必ずしもそうあるべきではない理由

より良く治療が行える新しい方法のデータ収集とデジタル操作に対して、「専門医は患者さんの診断を大量のデータ蓄積に委ねるのではなく、医師として責任を持って診断の意思決定をすべきである」と結論づけられました。

コンピュータによる顔面成長予測は「成長変化の個人差は成人間の変動よりも小さい」と発見されたことで、その無価値さがはっきりと証明されました。矯正のコンピュータ応用は科学の発展ではなく、商業とマーケティングの発展だと言えるでしょう。

矯正医と美容外科医 異業種雑誌の比較

矯正医と適当に比較されるのが美容・形成外科医で、その月刊誌には幅広い手術法と多くのセクションが専門別に記載されています。矯正医の雑誌も研究調査だけでは上位に留まれないので、美容外科医向けの月刊誌のように広範囲で複雑な専門分野のニーズと関心の多様性を認識すべきです。

 

矯正(美貌)の需要

18世紀後半のフランスで、ある著者がこう述べています。「人々の美容顔貌はとても強く、健康で美しく真っ白できれいな歯並びが世界中で求められているため、矯正の需要が高く、矯正医は幸運だ」と。

商業化のターゲット

しかし、矯正医は産業のいいターゲットでもあるので気を付けなくてはいけません。

解決策

矯正医が懐疑的になり、科学と真実に基づいた患者さん中心の観点を持てば、困難な時代を乗り越えられるでしょう。40年前に経験豊富で思慮深い矯正医であった応用科学者が、製造業者の販売やマーケティングなしに、自由で正直に文献や新概念を共有していた時代が実に素晴らしいです。

現代の産業文化に過去のシンプルな時代を適用して実現化することはできないので、現課題と脆弱性の状況下、常に積極的な思考を繰り返す必要があります。

まずは、研修制度の必須項目と雑誌形式を調整して、より実用的関連性を持たせる必要があります。40年前の応用科学に精通した臨床矯正医の執筆文を再考するのも良い考えです。そうすれば、矯正医という専門分野で最高の歯科治療を施せることでしょう。

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